女子アナの格差は激しかった。格差には二つの軸があった。一つは若さ。もちろん若い方が上位に位置しており、仕事は優先的に回ってきた。入社して2、3年目が、一つのピークだった。もう一つは人気。
この二軸をマトリックスとして、ヒエラルキーが築かれていた。そうして、下位の方の女子アナは、なんともいえず惨めだった。
それはまるで置屋の芸妓だった。置屋の芸妓は、お座敷からご指名がかかるまで、ずっと置屋に待機していなければならない。差配の人に仕事を融通してもらうこともあるけど、自分から直接的な営業はできない。
Aがまず取り組んだのは、旦那衆の知遇を得ることだった。ここでいう「旦那衆」とは、プロデューサーであったりディレクターだった。
彼らこそが、芸妓をお座敷に呼んでくれる旦那に他ならなかった。そこでAは、まず彼らに狙いを定めた。
そこでAがしたことは、まずはそのプロデューサー、ディレクターの意図を理解し、それを代弁する「代弁者になる」ということだった。
今度はそこに自分なりのアイデアを足して、番組の価値をさらに高めていくというものだった。簡単に言えば、自分が番組をもっと面白くすることで、視聴率の向上に寄与しようとしたのである。
しかし、この計画はすぐに頓挫した。ディレクターが、あまり良い顔をしなかったからである。出演者打合せで、Aが何かアイデアを言おうものなら、例えそれが面白いものであっても、いや面白いものだとしたらなおさら、ディレクターはすごく嫌な顔をした。
Aは、出演者打合せでアイデアを提案することはなくなった。その代わり、今度は収録の本番で、そのアイデアをいきなりアドリブで実行するようになったのである。
すると、これが上手くいった。Aは生来から度胸が良かったので、確信犯的にくり広げるそのアドリブには、一種独特のケレン味があった。
すぐさま「いえ、あれはディレクターのアイデアなんですよ。私はただそれを言わされただけです」と、しれっとした顔をして答えるのだった。
ディレクターに一種の「賄賂」として手柄を譲るという共犯関係を取り結んだことにあった。
それからAは、どんな現場でも「裏切る」ということを心懸けるようになった。いわゆる「良い意味で裏切る」というやつだ。あるいは「予想外」。
それに加えてAは、先のディレクターと取り結んだような共犯関係を、他の多くの人とも積極的に取り結ぶようにしていたのである。
例えば、アナウンサーとして自分の評判が上がれば、それは必ず上役やアナウンス部長の手柄に転化するように心懸けた。
彼女がヒエラルキーの上位に上り詰めたかったのは、虚栄心と言うよりは、持って生まれた闘争本能と負けん気によるものだった。ヒエラルキーの下位にいる者の現状を目の当たりにし、ああなってはいけないという危機感から、上り詰めようとしただけだった。